人というのいきもの。

結構、人を生きてる。

【私は私が主人公。あなたからのわたしは一部。ほんのいちぶ。】

ふと、ゆったりじっくり、考えてみよう。
まずは深呼吸をして。もう一度。
そして、少し風が入るように、窓を開けて、
心にも、風が入り込むような隙間を用意してみよう。
安心できる音楽と安心できる場所も自分へのご褒美。
 
 
 
私は私が主人公。
 
私は生きている。
この世界の中で、宇宙の中で生きている。
 
心臓があるから生きているのだろうか。
あなたがわたしを存在していると認識するから生きているのだろうか。
 
私は私が主人公。
 
ぼくは生きている。
目の前にあるパソコンに文字を打ち込んでいる。
慣れており、文字は自動的といっていいほどに、打てるようになっている。
 
私は私が主人公。
 
人と人とがコミュニケーションを取るために作った言語なのか。
私への言葉がけ、相手への言葉がけ、感情も。そもそも言葉はかけるものなのか。
降りてくるものなのか。もともとあるものなのか。
根源はどこからくるのか。
一瞬と継続の激怒も、心臓が張り裂けそうな悲しみも、
命を脅かすときも、胸が高鳴る共感も。つながっているという安心感も。
鼓動が成立する瞬間は生きていることを無意識に実感できている。
 
私は私が主人公。
 
私中心の世界では、もう限界を迎える時がくる。
それは、私が主人公とわかったとき。
 
 
あなたからのわたしは一部。ほんのいちぶ。
 
あなたからのわたしは一部。ほんのいちぶ。
 
一部であることを考えると、わたしは選択肢のひとつであろうとする。
あなたは人生の流れの中で、常に選択をしている。
選択をするときに、選択肢に何があるのか。
 
あなたからのわたしは一部。ほんの一部。
 
あなたは何が選択肢にあるのだろうか。
何よりも大好きな場所、何よりも大好きな人、何よりも大好きな言葉。
心が落ち着く場所、心が落ち着く人、心が落ち着く言葉。
発する自由を得られる環境と人、発することで聴いてくれる環境と人。
人でない人を得ているのかもしれない。
 
あなたからのわたしは一部。ほんのいちぶ。
私は私が主人公。あなたからのわたしは一部。ほんのいちぶ。とする。
 
そうしたときに、何に対しての想いも開放されて、
思い出さないだろうか。私のお気に入りの世界を。
ああ、笑みがこぼれてしまう。
 
私は私が主人公。あなたからのわたしは一部。ほんのいちぶ
 
 
だから、ぼくはとことん選択肢でいることに、真剣である。