人というのいきもの。

結構、人を生きてる。

かなめんアルゴリズム

かなめんアルゴリズム

(漫画:はじめアルゴリズムよりもじる)

 

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はじめのはじめ 2019年11月25日


今年は9月に軽井沢風越学園のスタッフとして、所属することが大きなできごとであったな。

大越 要 | スタッフ | 軽井沢風越学園

 

プライベートでも大きな気づきを得ることがあり、全てがつながっている気がするこの一年でありました。

 


決断を繰り返していた日常から、さらに決断をしなければならない日常に。

出会うひとがすべてを運んでくれた。

 


伴歩者がいた。

いずれもだれもがぼくの人生を後押ししてくれる。

空気におされて、ぼくは目の前の今を進むだけだ。

 


振り返れば、子ども時代、ぼくのコンプレックスが教育だった。

逃げだした学生時代。

あらゆることを放棄し、向き合わなかった。

すべて中途半端だった。

ぼくのあの時、身についたことは、逃れること。

あのときあの場ではあの決断は最適解でないことは、自分でもわかる。

卑怯で勇気が、まるでなかった。

 


未知の外界と、未知の内界と出会う。

そのとき…ぼくは、まず目を背ける。

怖い。とにかく、向き合うのが怖い。

 


ただ目を背けることができるが、さらに向こうへ進みたくなっている自分がいる。

よし、ほんのすこしの勇気をのせて、行こうかな。

 


ひとつひとつの感度を高めていくのは、変わらない。

ひとつひとつ事実を積み上げでいくのも、変わらない。

ひとつひとつ真髄を見極め、繊細に生きることも、変わらない。

これからも自分でいて、自分があることも変わらない。

まだ見えぬ何かに挑み続けることも、変わらない。

 


ぼくはぼくという、主人公に出会ってしまった。

これは変えられない真実であり、事実。

 


そして、ぼくという存在、問いが生まれた。

問いを理解をしたいのであれば、解を理解する必要がある。

 


さらに、まずは

自分を詳しく観察する。

自分に質問をしてみる。

自分に観点を示してみる。


まずはそこから始めよう。

 


風越はぼくがぼくらしくいていいよ、と言ってくれている。

 


ぼくらができる探究をこれからもしていくのである。

 


かなめんアルゴリズム

この物語は始まったばかりだ。

てんのきもち

はじめまして。かなめんです。

 

ぼくは今、かずやかたちを様々な次元に置きながら、僕自身の人生や生き方を行き来している存在です。

 

読むのってめんどくさいなーと思ったりすることもありながら、点の気持ちを考えるようになりました。0の気持ち、1の気持ち、+の気持ち、×の気持ち、偶数の気持ち、素数の気持ち、分数の真ん中にある線の気持ち、ルートの気持ち、虚数の気持ち、有理数の気持ち、無理数の気持ち、複素数の気持ち、、、そんなことやっていると。

 

数学の中にあるグラデーションってどこにあるんだろうか。

と考える。

 

数字の大きい小さいとかじゃない、違う色合いがあるような気がする。

色で区別するってよりは光の反射かな?軸を新しく加えてみたい。

 

ひとの個性を光と反射と影とで示せないだろうかと。

光の軸、反射の軸、影の軸。その交わりと接点と、そこで形成される地球と共有できる宇宙と異空間と別空間と実空間みたいなかんじ。

 

わかりにくく表現したい。

だれにもわからない表現で世界を彩ってみたい。

自分の中にある何者かを表現してみたい。

どうしたらいいのだろうか。

ぼくはたぶん世界にはまっていくのだとおもう。

 

いつ死んでもいいな、とおもっていながら生きている。

受け入れたいから、いま自分のもっとも幸せなことを選択していく。

 

てん、であることを認識しながらすこしずつ進むことはかわらない。

文字媒体で伝えられるものは難しいが、共通言語である数で議論できるようになりたいな。

 

新しい言語を覚えるように数学語を覚えていけば、ぼくが近づきたい世界に近づける気がする。

少なくとも、今はそう思える。

 

ぼくがおもろいと思うものをこれからも追究していく。

それはぼくがそう思うから、そのまま進んでいけばいい。

 

そうやって、お互いの光と反射と影で触覚的な交信をしたいな。

ここからがさらに勇気をもって、前に進もう。

怖いけど、悪くないわくわくが待っている。

さぁいこう。

きょうのかなめん、ざっと今年をふりかえる: 教育×塗装職人×マジック漫才師×コミサイ(信州古民家再生プロジェクト)

今日は午前中は軽井沢風越学園へ行き、カリキュラムづくりをやっていた。

昼はラーメンを食べて、小諸商業高校に行って、起業プロジェクトのメンターとしてお招きいただいたので、しゃべったりして、各グループが考えたビジネスモデルにあーでも、こーでも聞いて、あーでも、こーでも話してきた。

 

ぼくがぼくを証明するために、生きていきたい。

 

誰かに認めれるとか、本当に気にしなくなってしまった最近。

承認欲求ってやつとおさらばできた。

 

今年は一言で「具体」な1年。

妄想していたことがとにかく具体的になってきたから、実践しているし、研究ができている。

インプットもアウトプットもバランスを川の流れをコントロールするように、自分自身で調整しながら進めるあたりは今年も後半になってからだ。

 

そして、好きなことをこれからするために、少し来年、再来年と5年後、10年後を妄想にふける日が続く。

「なんとなーくビジョン」をゆるやかに描いていくステージに今なりつつある。

 

毎日、淡々と人をしている今日この頃は、まぁ悪くはない。

良いというよりは、悪くない。

より実践で研究で探究で、根っこを深く生やしていきたい。

そんな気持ちなので、わりと悪くない、このごろのぼく。

 

(お気に入り画像:タイトル はじめのいっぽ (自作)

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箇条書きに今年を振り返ろう。

学び舎Key塾 

・塾生と植木屋さんのお仕事体験へ

・ピザ窯で、子どもの夢を実現できた(2回目

・イラスト好きな塾生の展覧会ができた

・他塾のアルバイトをやめ、私塾1本に集中した

・受験生がみな、無事合格した(今も元気みたいで、時々の報告は嬉しい。たまに会いにきてくれる)

・大人の学び場を実践 8回目

www.facebook.com

 

不登校は不幸じゃない 7回目

www.facebook.com

・新塾生が増えてきて、より活発に!

・軽井沢風越学園スタッフになった!

・カリキュラムづくりができている(2017年の夢が今まさに)

・リスペクトできる教育仲間ができた!

 

 

大越塗装

今年もありがたいことに、いくつもの現場をお仕事させていただきました。

設計士さん、大工さん、監督さん、お知り合いの方と、新築から塗り替えまでいつも感謝しかありません。本当にいつもありがとうございます。

 

父も、もう40年になりますか。塗装一筋の父。

ずっと家族を支えてくれたこと、ここまで仕上げてくれたことをしっかり僕なりに表現をして、父が背中で語ってくれる「生き方」を貫いていきます。

 

マジック漫才 シュガー&ソルト

・漫才を16ステージやりきった(今の所、あと1ステージ)

なんだかんだで、600名以上の方々に直接、生でいていただいたんだなーと、先日、振り返っていました。

昨日もステージに立たせてもらい、僕が夢みてたいた「芸人」さん。

シュガーさんという相方に出会えて、本当にたくさんの世界に触れるきっかけがあります。このまま、たぶん変わらずw、続けていきたい。

 

コミサイ(信州古民家再生プロジェクト)

ぼくの「哲学」であるコミサイ。

なんどもなんども僕を旅人にしてくれる。

49回だ。本当に本当にずっと飽きない、不思議だ。

www.facebook.com

 

どこまでも、これからも、ぼくの進化も深化の場面はコミサイが多い。

さぁ何処へ。どこまでも楽しみ。

 

と、ちょっとボリュームが多すぎて、丁寧にひとつずつ振り返りしたいけど、まだまだ走り続けていくので、年末になったら、また改めて。

 

去年と一昨年の振り返りも添えてー。

良い意味で変わらずに進んでいるなーと改めて思います。

 

 

 

kanamedesu.hatenablog.com

 

 

kanamedesu.hatenablog.com

THE BLUE HEARTSをよく聴くよ:TOO MUCH PAIN

どうも、カナメです。

 

ゆれた。

僕が生まれる4年前に結成。1985年。

 

「お、これや(関西弁なぜ)」とおもた。

 

気持ちよく、入ってくる。

 

= = = =

 

TOO MUCH PAINより

 

あなたの唇動くスローモーションで

僕は耳をふさいでる TOO MUCH PAIN

 

もう一度またまにあうさ

まだ今なら遅くないよ

僕はまた一歩踏み出そうとしている

少し怖いけれど

 

あなたの言葉は遠くもう聞きとれない

何かはじけ飛び散った TOO MUCH PAIN

 

www.youtube.com

不登校は不幸じゃない を長野県佐久市4回やりました。

毎回、場にいる人と野澤館というまったりとできる空間やお庭があることで、それぞれが自由に表現ができている場だな、と感じます。

友達とうまくいかない、集団が苦手、勉強が思うように進まない、進路に迷っている、大人になってもいじめられた経験を引きずっている、そこにいる「人」同士がお話をしたり、遊んだりする中で、お互いを認め合っていました。

 

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勇気を出して、問い合わせをくれた高校生。
ここで出会ってからイラスト&切り絵作品展覧会を表現してくれた中学生。
安心して元気に遊ぶ小学生。
何か力になりたいと応援してくれる方々。

これからも、あなたの居場所になっていく。
一歩ずつ。一歩ずつ。
この星に生まれたことに感謝して。
自分の気分に正直に。

いつでもお気楽にいらしてくださいね。

 

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「本気でぶつかった仲間がいた」「常に」、「日常の位置付け」

2018年という365日、8,760時間、525,600分、3,1536,000秒。

 

 

「1年がたったね」

「365日がたったね」

「8,760時間がたったね」

「525,600分がたったね」

「3,1536,000秒がたったね」

 

・・・

 

どれも同じ時間が経過しているはずなのに、感じ方が変わるのはなんでだろうか。

1、聴き慣れている

先輩「1年って早いねー」

かなめ「早いっすねー」

 

・・・早くないし!!!!!!

 

割とまわりの4,50代の人たちは良く言うフレーズ。

ぜんぜん、全く、根絶早くないっす。

 

濃厚でしたよ!!!毎年!!!

 

というか、そんな早く感じる人生を歩みたいと思っていません。

僕が望むの人生は自分が思ったことを行動できる人生。

今はできているけど、基本、まわりの人のおかげっす。。。んぁ!?

 

さらに説明すると、この「まわりのおかげ」ってのは嘘。

流れで、でてきたし、どこのフレーズパクってんだよってくらい、自然に出てきてしまった。ショックだ。まわりってなんだよ。

 

僕が考えるに、違う。

まわりのおかげじゃない、この人と本気で向き合い、責任を持って行動を行います。

だから、望む成果が得られたし、得られないとしても経験値は積み上げられる。

 

「まわりのおかげ」じゃなくって、本気でその人と向き合った。本気で。

僕が言うなら「本気でぶつかった仲間がいた、ありがとう」と言うな。

 

2、時間を意識して動いていない

いやー意識しないでしょw

 

そうだなー、「この時間」というリセットタイミングを24時間で何回もっているのか、1,440時間で何回もっているのか、と言うことですね。

 

例えば、僕で言うと。

朝食をとる時間は6時25分と週7日一緒。つまり、常に、ということ。

(最近は乱れはあるが、、、w)

「常に」を、意識的なことが無意識的にできると、悩みは減る。

これを体現できているのは親。尊敬する。

また、このことを意識して3年経つが、かなり行動に対しては、ストレス感じることなく、無意識的に動けるようになったし、自問自答の回数が増えたのがよかった。

 

3、めんどい

一番は長いし、口が動くのが面倒だし、簡単に1年に略せるのに、表現をあえて工数がかかるように表現するから、めんどい。

 

めんどくさい、はよく使ってしまう言葉。

ただめんどくさい、という言葉を使うシーンを想像するのが大事。

何事もそうだけど、「不登校」「待機児童」「モラル」と、単語で理解せず、基本的には対話やシーンを想像できるだけ、相手とは議論して、ことを進めたほうが感情ストレスが少なくておすすめ。

思考ストレスは好きだけど、ここと仲良くなると、考えることはくせになるし、それこそ「日常」になる。

 

自分の中の日常をどう位置づけるのか、これが人生なのかな。

ことあることに反射してしまうのもいいし、もともと回答を持っていて、対応するのもなんでもいいけど、基本的には「日常の位置付け」。これが大事。

 

よく言うところの、「バランス大事だよねー」、「人生は山あり谷あり」、「人生は人それぞれ」のような言葉を掘り下げた感じ。

 

掘り下げは面白いし、自分の価値観に合わせた言葉をつくっていく。

 

今回は「本気でぶつかった仲間がいた」「常に」、「日常の位置付け」という言葉に出会えたことを感謝しよう。

#不登校は不幸じゃない in 長野県佐久市 Vol.3 を終えて

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不登校は不幸じゃない

今まで全3回行ってきた「#不登校は不幸じゃない」。

おとな、こども合わせて30名近くの方が参加してくださいました。

 

1回目と同様、旅館野澤館(野澤館 nozawakan - ホーム | Facebook)さんで。

初めて参加しれる方、差し入れを持ってきてくださる方、なんども足を運んでくださる方、スタッフとしても神奈川や東京からきてくれてる。

 

一人一人の人生の中で、ほんのりあたたかい空気を一緒に吸えてるのが嬉しいな。

 

学校で、家庭で、仕事で、そこに人がいる空間の中で、空気がある。

楽しいなー、あたたかいなー、しゃべりたいなー、身体動かしたいなー、重いなー、冷たいなー、めんどくさいなー。

 

色々と目の前にあるようだけど、自分の中で湧き上がる素直な気持ちにまっすぐに動いて欲しいな。

 

ゆっくりでいいし、焦らなくていいし。

言葉で表現できなくたっていい。

 

無理やりでなく、自然体で今、やりたいことをやってみよっか。

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パステル画 Lin先生講座にて

今、この瞬間にあなたが想うことを、僕は聞いていたいな。

人とはまっすぐに付き合ってきました。

これからもやっていきます。

まっすぐに、自分の伝えいことは伝えるし、やりたいことをやりつくしていきます。

 

不登校は不幸じゃない。

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2019年3月31、5月12日、8月、10月、12月にやろう、と話しました。

決めました。

 

日程は候補日にちではありますが、これからも続けていきます。

引き続き、スタッフ一同、よろしくお願いします。

 

 

【今回の開催文紹介】

不登校を肯定するムーブメントをつくるため、2018年8月19日(日)に全国100ヶ所でイベント「#不登校は不幸じゃない」(発起人 小幡和輝 「不登校から高校生社長へ 」著者)を開催しました。

長野県佐久地域をみたときに、全国の流れの中で、いかに地域の方が主体となり、不登校と向き合えるのか。
(そもそも不登校という言葉は嫌い。)

当事者や家族、周りの方々の安心する場として、居場所づくりをしています。第1回、2回と積み重ね、経験者も集まりました。ゆるくつながりを持ち始めています。

野澤館では、自然を感じられる庭と水の流れる音を聞きながら、
そこに集まった人たちと、ゆっくりした時間を感じましょう。

日時:12月2日(日)13時00分–17時00分
場所:旅館 野澤館
住所:長野県佐久市原535
大正14年創業。老舗旅館。
参加費:おとな500円、こども無料

【長野県佐久市主催者の想い】
木内 悠太
1989年生まれ。佐久市出身。
両親が教員の家庭で育ち小学校4年生から6年生まで不登校を経験し、その経験があるからこそ今の自分があると実感しているので、
今回のイベントを開催することになりました。

いろいろな選択肢があるなかで、自分の道を選んで生きていくことが大事だと思っているので、このイベントに参加してもらうことが何かのきっかけになるかもしれません。
気軽な気持ちで参加してもらえばうれしいです。


大越 要 
1989年生まれ。佐久市出身。
学び舎Key塾塾長。気づくことを大切に運営している塾です。

おかしを食べてもいいよ。食べなくてもいいよ。
お話をしてもいいよ。しなくてもいいよ。
生き物探ししてもいいよ。しなくてもいいよ。
お昼寝してもいいよ。しなくてもいいよ。
川で遊んでもいいよ。遊ばなくてもいいよ。
勉強してもいいよ。しなくてもいいよ。
ぼーっとしていいよ。何もしなくてもいいよ。

【開催軌跡】
8月19日
第1回 不登校は不幸じゃない in 佐久市 @旅館 野澤館
9月
第2回 不登校は不幸じゃない in 佐久市 イエナプランに学ぶ @シェアハウス&ゲストハウス柏屋旅館
12月2日
第3回 不登校は不幸じゃない in 佐久市 @旅館 野澤館

【発起人 小幡和輝の #不登校は不幸じゃない ムーブメントへの想い】

「学校に行きたくない。」

僕は不登校でした。正直、学校の楽しい思い出はありません。
学校に友達はいなかったけど、僕には不登校のいとこがいました。不登校の友達がいました。いま振り返って思うのは、不登校になった先に居場所があるかどうか。それが、とても大切だということ。

不登校は大丈夫だけど、引きこもりは良くないと思っています。たくさんの当事者と会うなかで感じるのは、学校に行かなくなっても友達がいる子、行かなくなったあとは1人で家に閉じこもっちゃう子。やっぱり友達が居る子の方が明るいんだよね。人とほとんど会わなくなるといろいろ問題が出てくる。笑い方がわかんなくなっちゃったって話も聞いたりするし、それは僕にも思い当たるところがある。これはさすがに良くないので、不登校になったあとの先をどうやって作るかが重要だ。

感情的に「辛かったら行かなくていいよ。」というのは簡単だけど、僕は論理的にも「辛かったら行かなくていいよ。」って言いたいです。学校に行くのはあくまで選択肢。行かないという選択もあっていい。そんな想いで自分のやれることをいろいろやってきましたが、今年は大きく仕掛けたいと思っています。

9月1日、夏休みあけ。子どもの自殺が多くなる。そんなバカなことがあってたまるか。
不登校を肯定するムーブメントを作ります。

小幡和輝氏オフィシャルブログより
http://www.obatakazuki.com/23624735